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松戸簡易裁判所 昭和34年(ハ)5号 判決 1960年2月18日

原告 国

訴訟代理人 矢代利則 外二名

被告 桝田洪

主文

被告は原告に対し、金九三、二三七円及びこれに対する昭和三二年一二月一九日より右完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することが出来る。

事実

原告指定代理人は、主文第一、二項同趣旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、被告は肩書地において、自動車の修理及びその部品の販売を業とするものであるが、昭和三一年四月七日訴外東京電力株式会社より、同社所有の小型四輪貨物自動車一台(登録番号千四-九二一八)の修理を請負い同日午後その修理を完了した。そこでその修理が完全になされたか否かを検査するため、被告の被傭者訴外荒井良平は試運転すべく、右自動車を運転して、同日午後四時三〇分頃野田市中の台一六八番地先道路にさしかかつた際、右道路を横断しようとした山口広行(昭和二四年一月一四日生)に自動車を衡突させて同人を路上に転倒させ、同人に対し治療期間五四日(うち入院八日間)を要する後遺症を伴う、脳震盪、腰部臂部打撲傷及びこれによる外傷性癲癇の傷害を負わせたが右傷害により山口広行は治療費、その他通院費等合計金一〇、〇二四円の出費を余儀なくされ、そのほか右傷害によつてうけた肉体的精神的な苦痛による損害を加えると、山口広行の蒙つた損害額の合計は少くとも一二二、〇二四円を下らない。

しかして、本件事故の場合被告は自動車損害賠償保障法第三条の所謂「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当するから、同法条の規定により山口広行が前記事故による傷害の結果蒙つた損害につき賠償の責に任ずる者であるが、自動車損害賠償責任保険の被保険者ではなかつたので、原告(所管庁は運輸省)は、右山口広行の請求により同人に対し、同法第七二条第一項後段、同法施行令(昭和三〇年政令第二八六号)第二条第一項第二号により金一〇〇、〇〇〇円の限度でその蒙つた損害をてん補することとし、そのうち同法第七三条により既に山口広行に支払われた国民健康保険よりの給付額金三、二六三円、被告より支払われた金三、〇〇〇円、訴外荒井良平より支払われた金五〇〇円合計金六、七六三円を控除した金九三、二三七円を昭和三二年一二月一八日山口広行に支払つた。

そこで原告は、同法第七六条第一項により、右支払金額の限度で、山口広行が被告に対して有する前記損害賠償請求権を取得したので、被告に対し、これが支払を請求するも言を左右にしてこれに応じない。

よつて原告は被告に対し、金九三、二三七円及びこれに対する昭和三二年一二月一九日より右完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだと述べた、

立証<省略>

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告主張の事実中、被告が自動車の修理業を営む者であること、被告が東京電力株式会社より、原告主張の日時に、小型四輪貨物自動車一台(登録番号千四-九二一八)の修理を請負い、同日午後その修理が完了したこと訴外荒井良平が被告の被傭者であつたこと、被告が訴外山口広行に金三、〇〇〇円を支払つたことは認めるがその余は否認する。

仮りに原告主張のような自動車事故があつたとしても、被告は、自己のために自動車を運行の用に供した者ではないから損害賠償の義務はない。即ち、当日の自動車の修理はエンジンと関係がなく車体の酸素付のみであるから試運転の必要はなく又被告よりこれを命じたこともない。訴外荒井良平は修理工ではなく板金工であつて、且小型自動車の運転資格を有しない未成年者であるから被告が同人に自動車の試運転を命ずるわけはない。従つて本件自動車事故は荒井良平が勝手に自動車を乗出し惹起したものであるから被告には何等の責任もないと述べた、

立証<省略>

理由

被告が自動車の修理業を営む者であること、被告が昭和三一年四月七日訴外東京電力株式会社より同社所有の小型四輪貨物自動車(登録番号千四-九二一八)一台の修理を請負い同日午後その修理が完了したこと、荒井良平が被告の被傭者であることは当事者間に争がなく、成立に争がない甲第一乃至第三号証、原本の存在及びその成立に争がない甲第四号証、公文書であるところから真正に成立したと認められる甲第一〇号証、証人山口フミ子の証言(第一回)により真正に成立したと認められる甲第七号証乃至第九号証、及び証人山口フミ子(第一、二回)、荒井良平の各証言を綜合すると、同日荒井良平が右東京電力株式会社所有の小型四輪貨物自動車を被告の経営する大日自動車修理工場より無免許で乗出して運転し、野田市棒山通りを通つた後、右修理工場に帰ろうとした際、同市中の台一六八番地同市役所前道路上において、道路を横断しようとした山口広行(昭和二四年一月一四日生)に右自動車を衝突させ同人を路上に転倒させ、同人に対し後遺症を伴う脳震盪、腰部胃部打撲傷及びこれによる外傷性癲癇の傷害を負わせたことが認められる。

原告は右は荒井良平が試運転した結果だと主張し被告はこれを争つているので先ずこの点につき判断するに、前記甲第一号証第二号証、第四号証及び証人荒井良平の証言によると、左の事実が認められる。即ち、荒井良平は昭和二十七年頃より被告の経営する大日自動車修理工場に自動車修理工として勤め(初めの約三年間は見習工)、自動車エンジンの分解修理、掃除、車体の組立等の仕事に従事していたが、本件事故当日は朝から荒井弥一郎と二人で前記東京電力株式会社より依頼された小型四輪貨物自動車の修理に当り、弥一郎は車体の修理を、良平は駆動輪の分解修理を受持つた。同日午後四時頃修理が完了したので良平は自己が担当した駆動輪の修理の結果を検査する必要があつたので試運転することとし、前記の如く自動車を乗出し運転して本件事故を惹起したものであること、被告の修理工場においては、自動車の修理後試運転の必要あるものについては、直接修理を担当した者がこれをなすことに事実上なつて居り、運転の無資格者も又その例外ではなく、良平はこれ迄にしばしば無免許で自動車を試運転したが、被告はその都度これを黙認していたので、本件当時良平は小型四輪貨物自動車の運転免許を有していなかつたが、あえて前記の如く試運転したものであることが認められ、右認定に反する被告本人訊問の結果は措信し難い。

以上認定のとおり、被告の被傭者荒井良平は、自動車の修理の結果を検査するため試運転をなし、被告もこれを黙認していたものであるから、被告は右試運転に関し、自動軍損害賠償保障法第三条にいわゆる「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当するものと謂うべく、従つて同法条の規定により前記山口広行が本件自動車事故の結果身体を害せられたことにより蒙つた損害につき賠償の義務がある。

そこで損害賠償の額について考えるに、公文書であるところから真正に成立したと認められる甲第一二号証の一、二、同第一三号証の一、二証人山口フミ子の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第一一号証の一乃至三、同第一四号証の一、二及び同人の証言(第一、二回)を綜合すると、山口広行は前記衝突現場から直ちに野田市内の渡辺病院に運ばれ約一週間入院して一応の治療を受けた後、東京大学医学部附属病院で精密検査を受けた結果、外傷性癲癇兼頭部外傷後遺症の診断を受けたのでその後は約一年間野田病院に通院してその治療を受けたが、これ等の治療及び通院費等の合計は少くとも金七、〇〇〇円を下らないものと認められる。

もつとも、これ等の費用は事実上被害者の親権者が支払つたものと考えられるが、かかる場合にも被害者自身の損害としてその賠償を請求しうるものと解すべきである。

次に前記甲第七号証乃至第一〇号証及び証人山口フミ子の証言(第一、二回)によると、山口広行は本件事故当時満十年の学童であつたが、受傷以来全身痙攣発作及び精神運動発作の発現をみるに至り、更に頭痛、頭重感等を訴える様になつたが、これ等をいずれも前記傷害による外傷性癲癇及び頭部外傷後遺症によるものと認められ、右治療のためには各種対症療法の他抗痙攣剤の長期連用(最短五ケ年)を必要とするが、家庭が極めて貧困であるため受傷後約一年で通院をやめ、その後は癲癇症状の発作が起ると、氷で頭を冷し売薬に頼る等充分な医療措置もこうじられない状態にあること、その他受傷後性格の変化が見られ、学業にも身が入らず能力一般の低下が認められる様になり、将来社会活動の上で少からざる支障をきたすことも予想される等本人の蒙つた肉体上精神上の苦痛は甚大であることが窺知されるので、これ等の事情を綜合してその慰藉料の額は金一〇〇、〇〇〇円を下らないものと認めるを相当とする。

従つて山口広行の蒙つた損害は合計一〇七、〇〇〇円となる。

しかして、成立に争がない甲第一六号証乃至第一九号証、証人山口フミ子の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第一五号証、同第二〇号証及び同人の証言(第一回)を綜合すると左の事実が認められる。

即ち、前述の如く、被告は本件自動車事故により山口広行が蒙つた損害につき賠償責任を負うものであるが、当時被告は自動車損害賠償責任保険の被保険者ではなかつたので、山口広行の親権者山口フミ子は昭和三二年二月七日原告に対し損害のてん補を請求した。そこで原告は右請求に基き審査した結果自動車損害賠償保障法第七二条第一項後段同法施行令(昭和三〇年政令第二八六号)第二項第一項第二号により金一〇〇、〇〇〇円の限度で山口広行の蒙つた損害をてん補することとしたが、山口広行には既に国民健康保険より金三、二六三円、被告より金三、〇〇〇円、訴外荒井良平より金五〇〇円、合計金六、七六三円が支払われていたので、原告は同法第七三条によりこれ等支払金額を控除した金九三、二三七円を同年一二月一八日山口広行に支払つたことが認められる。

従つて、原告は、同法第七六条第一項の規定により山口広行に対する損害のてん補と同時に右てん補金額の限度で、同人が被告に対して有する前記損害賠償請求権を取得したものと謂うべく、被告に対し金九三、二三七円及びこれに対する昭和三二年一二月一八日より右完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は理由がある。

よつてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 桜林三郎)

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